マーケティングをテクノロジーでアップデートするMartech分野は、個々の企業ごとのニーズの違いや、地域ごとの特色、また、新しいテクノロジーが取り入れられるスピードの速さなどが原因で、数多くのスタートアップが存在する領域のひとつです。毎年アメリカ・カリフォルニアで行われるマーケティングのテクノロジーイベント、Martechで発表される、Marketing Technology Landscapeというカオスマップの2019年版を見てみると、7000を超えるソリューションがこの分野に存在するとされています。
一方で、これだけたくさんのソリューションが存在することによって、課題も発生しているようです。調査会社Ascend2の調査によると、マーケティングテクノロジーをうまく利用するための障害として、もっとも多くの人があげた課題が「異なるツールをどのように統合して利用するか」でした。続いて、「どのように売上とマーケティングをマッチングさせるか」「マーケティングのROIをどのように上げるか」「どのようにより良い意思決定をできるか」などが主要な課題としてあげられています。さまざまなツールを同時に複数利用する横の広がり、そして、お客さんに自社商品を認知してもらうところから実際に買ってもらうところまでの幅のある時間軸を、どのように統合し、企業にとってよりよいマーケティング活動を実現するか、という点に、Martechの意味があるといえそうです。
今回取り上げるシンガポールのMartechスタートアップも、このような課題をテクノロジーで解決するスタートアップです。今回はMartechに関連する、シンガポールで活躍するスタートアップ3社を紹介します。
-Founded:2013
-Funding:$5.2M
-Investors:Wavemaker Partners, Sequoia Capital India, 500 Startups, Tigris Capital
Nugitはデータを使ったストーリーテリングを容易にするサービスです。Nugitはビジネスでの情報共有と意思決定は、データを使ってストーリーを語る、「データ・ストーリーテリング」によって効率化できるという考え方に基づいて開発されたツールです。例えば、Youtube, Facebook, Instagramなど複数のSNSを横断的に分析したとき、従来のダッシュボードツールでは分析結果をデータで見ることが可能でしたが、Nugitを使うと、自分が表現したい形式のインフォグラフィックスや写真入りグラフで分析結果を出力し、メールやプレゼンテーションに取り込むことがワンクリックで可能になります。このことで、従来のダッシュボードのように、何がおきているのかを共有するだけでなく、なぜその状況がおきているのか共有することが可能になります。ファウンダーのDave Sandersonはオーストラリア出身ですが、香港とシンガポールでもデジタルマーケティングのチームで働いた経験があり、シンガポールで起業しました。シンガポールオフィスはDataLabと呼ばれる、カフェ・イベントスペースを併設しており、定期的にイベントを開催しているそうです。
-Founded:2012
-Funding:$7.1M
-Investors:Wavemaker Partners, Walden International, MDI Ventures, Convergence Ventures, Right Click Capital, Aura Ventures, TNB AURA
Ematicはeメールを使ったデジタルマーケティングを効率的に行うためのソリューションを提供しているスタートアップです。AIと機械学習を利用したマーケティング最適化ツールを開発しており、メール購読者のライフサイクルを最適化するHi-iQ、メールの内容をパーソナライズし、リターゲティングとコンバージョンレートの最適化を行うRetry-iQ、そしてWebサイト上のユーザーの行動をキャプチャして分析し、コンバージョンレートを最適化するBye-iQがEmaticの主要ソリューションです。これらのツールの組み合わせで、eメールへの登録からユーザーが購入するまでの購買行動全体をカバーし、eメールマーケティングの効率を最大化できるようにしています。Ematicのファウンダー・CEO、Paul Tenneyはeメールマーケティングのプロで、コファウンダーのJelenco Sobotはもともと企業向けメールサービスの開発者です。eメールとeメールマーケティングを熟知したファウンダー同士だからこそ開発できるサービスといえます。すでにシンガポール以外の東南アジア地域やヨーロッパにも事業を展開しています。
-Founded:2011
-Funding:$11.1M
-Investors:LINE Ventures, Golden Gate Ventures, Access Ventures, Capital Management Group, NCore Ventures, Personal investor
最後に、カスタマーエンゲージメント・ロイヤルティプラットフォームを提供するPerxを紹介します。Perxはマーケティングアナリティクスのダッシュボードツールのほか、ロイヤルティプログラムやキャンペーンマネジメントを行うプラットフォームを提供しています。単純にユーザーの管理をするだけではなく、AIを利用してエンゲージメントが高いユーザーセグメントを分析し、そのセグメントに対して効果が高いキャンペーンをマーケターに提案します。ゲーミフィケーションを使ったキャンペーンやパートナーと提携したリワードプログラムなど、ユーザーが継続的にブランドをフォローし続けるためのエコシステムを提供しています。この仕組みはユーザー向けのマーケティングにも利用できますが、従業員との関係性構築に利用する企業もあり、幅広い用途が期待できそうです。Perxはシンガポールのスタートアップイベント、Slingshot2019でTop 30 Deep tech startupsにも選ばれており、今シンガポールで最も勢いのあるスタートアップの一社といえます。シンガポールの交通系カードEzlinkなどがこのプラットフォームを利用しています。
マーケティングが自動で行われる、と聞くと、売上を上げるために機械的にユーザーが管理されるような印象を受けますが、実際には、ブランドとユーザーとの関係性をよりよく保つことができるようになり、お互いにとって、よい効果を生み出すことにつながるのかもしれません。本当にそのブランドを好きなユーザーが、さまざまな形でブランドとつながる接点を最適な形でもつことができることで、ブランドを好きでいつづける手助けをしてくれるのがMartechといえそうです。また、Perxの使われ方を見るとわかるように、Martechのテクノロジーは、何かを売る、買う、という関係性だけでなく、会社と従業員など、幅広い意味でのコミュニティを保つためのテクノロジーとして利用できるものとして、今後の広がりにも期待できそうです。
Writer:西村菜美(NUS)
Editor:伊藤隆彦(One&Co)