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2020.01.25

【Seeds of Innovation:09】空の上から日常をアップデートする、SpaceTech最前線

宇宙産業は今後成長が期待される分野のひとつです。モルガン・スタンレーの試算によると、2019年現在、宇宙産業の市場規模は3500億ドルですが、2040年には1兆ドルに到達するとのこと。民間の投資の増加や、テクノロジーの進化によって、最後のフロンティアとしての宇宙に関心が高まっています。

シンガポールで宇宙産業というと、意外に思われる方も多いかもしれません。実は、シンガポールは航空宇宙産業にも積極的に投資をしています。すでに航空産業では、シンガポールは世界のメンテナンス・修理・オーバーホールの10%を担う存在感を示していますが、さらに宇宙分野を強化しようとしています。シンガポールの経済成長戦略の計画・実行を担っている経済開発庁(EDB)は、宇宙産業の振興を目的として、2013年にNational Space Officeを設立。2013年から2018年の5年間で9000万シンガポールドルを衛星産業の振興目的で投資し、これまでに4つの衛星打ち上げのミッションがこのファンドのもとで行われています。現在では30社以上の企業が衛星を利用したサービスを提供しており、その中には13社以上のスタートアップが存在しているということで、シンガポールの宇宙分野でのスタートアップの存在感が感じられます。また、これらのスタートアップを支えるエコシステムを作っているのが、NASAでロケットサイエンティストとして働いた経験をもつDr. Bidushi Bhattacharya率いるBhattacharya Space Enterprise (BSE)です。BSEはSpacetechに特化したインキュベーションプログラムを運営しており、宇宙産業のスタートアップの育成を進めています。

実は、これまでに行われた4つの衛星打ち上げミッションでは、日本も大きな役割を果たしています。これらのミッションでは、シンガポールの南洋理工大学とシンガポール国立大学という2つの大学が中心となって衛星の開発を進めていますが、2016年から2017年に開発された衛星には、日本から九州工業大学が参加しているのです。シンガポールと日本のつながりが、シンガポールの宇宙開発にも大きな役割を果たしていることがわかります。

今回は、そんなシンガポールの宇宙産業で活躍するスタートアップを3社取り上げてご紹介します。

1)Transcelestial Technologies

  -Founded:2016
  -Funding:SGD 2.5M
  -Investors:Wavemaker Partners, 500 Startups, AirTree Ventures,
        Entrepreneur First, SparkLabs Global Ventures,
        SGInnovate, Personal Investors

Transcelestial Technologiesはレーザーを用いて高速に大容量のデータをワイヤレスで転送する通信技術を開発しているスタートアップです。現在、世界のインターネットのインフラは海底ケーブルに依存していますが、海底ケーブルを敷設するには莫大なコストがかかります。2000年前後に敷設された海底ケーブルがこれから更新時期を迎えるなかで、コストが安く、高速・大容量なデータ通信を行うことができるレーザー通信技術は、従来のインフラを置き換える可能性がある技術として注目を集めています。Transcelestial Technologiesが開発している通信デバイスCentauri 1は、複数のビルに取り付けることで、ビルとビルの間で通信したり、衛星に搭載することで、地上から衛星を経由して地上の別の地点と通信するなどの使い方が期待されています。ファウンダー・CEOのRohit Jhaは南洋理工大学、コファウンダー・CTOのMohammad Daneshはシンガポール国立大学で電気電子工学の博士号を取得しており、シンガポールベースのスタートアップインキュベーターEntrepreneur FirstのプログラムからTranscelestialを企業しています。多数の有名VC、個人投資家から出資を受けており、今後の成長に期待がかかるスタートアップです。

2)Aliena

  -Founded:2018
  -Funding:SGD 1.5M
  -Investors:500 Startups, CAP Vista, Paspalis Innovation and
        Investment Fund

Alienaは小型衛星に特化したスラスターを開発しているスタートアップです。スラスターとは、衛星の姿勢制御や軌道修正に使われるもので、人工衛星の寿命を大きく左右する重要な部分です。小型の人工衛星本体の開発が進む一方で、小型衛星に特化したスラスターの開発が遅れていることが課題となっていました。Alienaはこの課題を解決する、小型のプラズマスラスターを開発しています。CEOのMark Limは南洋理工大学でプラズマ物理学の分野でPhDを取得しており、このスタートアップも、南洋理工大学のプロジェクトがスピンオフしたものです。シンガポールの防衛科学技術庁が管轄する投資部門であるCAP Vistaからも出資を受けています。オーストラリアにあるDarwin Innovation Hubの支援も受けており、APAC地域出身のスタートアップとして今後存在感を上げていきそうです。

3)Equatorial Space Industries

  -Founded:2017
  -Funding:USD 193.2K
  -Investors:Mohammed Bin Rashid Space Center, NUS Enterprise

Equatorial Space Industriesは、小型衛星の打ち上げに特化した打上げ機Volansを開発しているスタートアップです。Volansは現状、プロトタイプを開発中のステージですが、30kg-70kgのペイロードを低軌道に投入できるように設計されており、複数の小型衛星を同時に打ち上げるライドシェア方式にも対応していることが特徴です。ターゲットの打ち上げコストをUSD 1Mと非常に低価格におさえようとしています。衛星を打ち上げたい企業と、打ち上げを実施するオペレーターをマッチングするアメリカのプラットフォームPrecious Payloadとのパートナーシップを2019年に発表しており、2021年に最初の軌道投入ミッションを実施予定とのことです。このスタートアップは、シンガポール国立大学のスタートアップ支援組織NUS Enterpriseの支援を受けて設立されており、CEOのSimon GwozdzはNUS出身です。



衛星、と聞くと大規模なものを思い浮かべがちですが、小型衛星の開発が進むことによって、衛星の活用範囲が幅広くなり、より一層使われていくようになっています。また、衛星が増え、取得するデータの種類と量が増えることによって、Foodtechの記事で紹介した、UmitronやSagriのように、そのデータを分析・活用するビジネスも今後増えていきそうです。宇宙は遠く手が届かない場所だったのが、実は、とても身近なものになりつつあるのでしょう。国境や海、山などの障害を越えて空の上から私たちの生活をアップデートしてくれるSpacetechは、現在の常識を大きく塗り替える可能性を秘めた分野といえそうです。

Writer:西村菜美(NUS) 
Editor:伊藤隆彦(One&Co)

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