シンガポールはアジア有数の金融都市として存在感を持ち続けています。2019年9月に発表された、The Global Financial Centres Index 26によると、シンガポールの金融都市としての競争力は、ニューヨーク・ロンドン・香港につぐ世界4位のポジションを占めています。シンガポール政府は金融都市としての競争力を保ち続けるため、テクノロジーの進化に対応することを重視しており、新しいテクノロジーを用いたファイナンシャルサービスに対し、期間限定で一部の規制適用を免除するレギュラトリー・サンドボックスを2016年に設けたほか、この承認プロセスをさらに早める“Sandbox Express”と呼ばれる制度を2019年から運用し、金融分野でのイノベーションを加速させようとしています。
以前取り上げたFintechに加え、この分野でテクノロジーによる大きな変化が起きている分野が保険です。保険+テクノロジーの領域はInsurTechと呼ばれています。KPMGが2019年7月に発表した、“インシュアテック 2019年 10のトレンド”を見ると、デジタル化が保険分野を大きく変えつつあることが見て取れます。デジタル化によるビジネスモデルとビジネスプロセスの変革や、ウェアラブルデバイスなどを用いた健康・医療分野との接続、デジタル世代に向けた新しいサービス設計の必要性や、データの分析によって得られる新たな洞察などがトレンドとして挙げられています。保険商品の開発・販売・カスタマーサービスといったあらゆる側面でデジタル化が大きな変化を起こすことが見て取れます。
今回は、シンガポールのInsurTech分野で活躍するスタートアップを取り上げます。
-Founded:2014
-Funding:USD 80M
-Investors:Aegon, Walvis Participaties
GoBearは保険と金融サービスの比較サイトです。メタサーチエンジンを開発しており、複数企業の保険・金融サービスを一括で比較することが可能です。アジア初の独立系比較サイトとして、シンガポールのほか、香港、マレーシアなど合計7か国でサービスを提供しています。シンガポール向けでは、保険のほか、クレジットカード、ローン、銀行、ファイナンシャルサービスと、幅広いサービスの比較を手がけています。GoBearはこれらのサービスの提供者とパートナーシップを結んでおり、サービス提供者向けの購入データの分析サービスを提供しています。サービスが購入されたときに手数料を受け取ることでマネタイズをしています。
以前、Fintechの生地で紹介したデジタルスコアカードのCredoLabとの提携など、新サービスに積極的に進出しており、金融リテラシーをあげるためのコンテンツとしてGoBearTVを提供するなど、メタサーチにとどまらないサービスの広がりを見せています。ただの比較サイトでは終わらない展開に期待です。
-Founded:2016
-Funding:USD 20M
-Investors:500 Startups, Startupbootcamp
FinTech Singapore, BlockWater Management
Policypalはアプリで保険商品をデジタル化し、AIを使って保険商品をシンプルにすることで、保険契約者が複雑な保険商品をより直観的に理解できるようにしています。保険契約者はオンラインプラットフォームにアクセスし、簡単に保険を比較・購入・管理できるようになります。知識のない購入者には保険商品はわかりづらく選びづらいですが、自分が望む内容が適正に含まれた保険を簡単に選べるようにすることをミッションとしています。BtoCにとどまらず、中小企業の従業員向けなどBtoBの保険にも進出しています。
ファウンダーのVal Yapはもともと銀行で働いていましたが、自身の母親ががんにかかった際、保険会社への請求が却下された経験をきっかけとして、シンプルでわかりやすい保険のデジタルプラットフォームというアイデアを思いついたそうです。Policypalはシンガポール金融管理局が設けたレギュラトリー・サンドボックスの最初の参加企業で、PayPalのインキュベーションプログラムにも参加しています。今後はシンガポールだけでなく、日本を含むアジア各国でサービス展開予定です。
-Founded:2016
-Funding:USD 250K
-Investors:N/A
Bandbooはコミュニティメンバー同士で加入するP2P保険サービスを提供しているスタートアップです。ユーザーが支払う保険料は他のユーザーが支払った保険料とともにプールされ、保険金の請求があった場合はこのプールから支払われます。メンバーシップ期間が終了したときに保険料が残っていたときは、残りの保険料がユーザーに払い戻されます。Bandbooは車向けの保険を提供しており、キャッシュバック率と請求件数の実績をWeb上で公開しています。
BandbooのCEOでコファウンダーのAshley Keeは、この保険を、より公正で透明性の高い保険として訴求しています。Bandbooのマネタイズは、このメンバーシップへの加入費用からまかなわれており、加入者に保険金を支払うことはBandboo自体の利益に影響しないため、保険金が支払われなかったり、保険金の請求が止められることに対してユーザーが疑念をもつこともない点をメリットとして挙げています。
これまでの保険で言われてきた、条件がわかりづらい、保険金が支払われるかどうかわからない、といった不透明な部分が、テクノロジーの進化によって、より公正で透明性が高く、ユーザーフレンドリーになることが、InsurTechの力と言えそうです。トラブルに遭ったときにお世話になるものだからこそ、本当に理解・納得して選んだかどうか、そして本当にトラブルの際に助けてもらえるかどうかというコアバリューでサービスを選ぶことができるようになることで、保険自体の価値を上げるものということができるでしょう。
また、あらゆる人が生活のあらゆる側面で加入しているサービスであるがゆえに、デジタル化が進むことで、データが蓄積できるようになると、新しい価値を生み出す可能性が大きい領域ということができるでしょう。ウエアラブルデバイスやセンサーといった新しいデバイスとの接続の可能性も見えてくるかもしれません。普段目に見えない形で私たちの生活を支えてくれているInsurTechの今後に注目です。
Writer:西村菜美(NUS)
Editor:伊藤隆彦(One&Co)