前回、モビリティの記事を公開してから数ヶ月。このわずかな期間にも、シンガポールは変化し続けています。今回は、この数ヶ月の間にシンガポールで起きた、モビリティ関連の変化をお伝えするとともに、モビリティスタートアップをご紹介していきます。
2019年11月5日付で、電動スクーターの歩道通行を禁止する規制が導入されました。今回の規制は個人用移動機器のうち、ハンドルと電動モーターを備えたものを対象としており、2019年1月に電動スクーターを登録制にしたことに続く規制強化となります。歩道での歩行者との接触事故が相次いだことを受けての対策となります。この規制強化にあわせGrab、Beamなどの電動スクーターシェアリングサービスが一斉に姿を消しました。また、電動スクーターはGrabfood, Foodpandaなどのフードデリバリー系サービスでも広く使われていましたが、現在は自転車やバイクに置き換わっています。2017年に上陸し、2019年に消えた自転車シェアリングサービスに続き、2018年に現れ2019年に消えた電動スクーターに、移り変わりの早さを感じます。一方で、シンガポール発の電動スクーターシェアリングサービスは複数社存在しており、そのうちの1社がNeuron Mobilityです。
-Founded:2016
-Funding:$22.2M
-Investors:GSR Ventures, SCB Group, Siri Ventures, 500 Startups,
Didi Chuxing, SeedPlus, Seeds Capital,
Square Peg Capital, ACE Capital, etc.
Neuron Mobilityは2016年に創業したシンガポール発のスタートアップです。元々シンガポールでも電動スクーターシェアリングサービスを提供していましたが、現在はオーストラリア、ニュージーランド、タイ、マレーシアでサービスを展開しています。CEO・コファウンダーのZachary Wangはシリアルアントレプレナーで、太陽光発電の販売会社に続く2社目としてNeuron Mobilityを創業しました。水素燃料電池の電動スクーターを2007年から開発するなど、もともと電動スクーターに関心をもっており、シェアサービススタートのタイミングをはかっていたそうです。Neuronの電動スクーターは自社開発で、そのことを強みのひとつとしています。中国のライドシェア大手Didi Chuxingや有名ベンチャーキャピタルの500 Startupsからも出資を受けており、アジア発の電動スクーターサービスとして期待がかかっています。
Neuronは、シンガポールでの電動スクーター規制の直後2019年12月に、海外展開のための資金調達を実施したことを発表しました。以前の記事(https://www.oneandco.sg/ja/tips/grab-gojek/)で紹介したBeamなど、プレイヤーが増えて競争が激しくなってきたこの分野で、どの企業が東南アジア市場をリードするのか、今後の展開から目が離せません。
シンガポールの交通大手ComfortDelGroが8月から3ヶ月間の予定でオンデマンドバスの実証実験を行なっていることを公表しました。このサービスはシンガポール東部のTanjong RhuとMeyer Roadの住民を対象として提供されます。実はオンデマンドバスサービスの実証実験自体は、数年前から複数の企業によって実施されています。Grabは2018年3月からアプリで予約可能なオンデマンドサービス「Grabshuttle」を提供していましたが、このサービスは2019年12月末で終了。シンガポール陸上交通局(LTA)も2018年12月からオンデマンドバスの試験運行を実施しましたが、コストが見合わず約半年間で運行を終了しました。ComfortDelGroはすでに関連会社がオーストラリアの2か所で類似サービスを提供していることも公表しており、サービスが今後継続するかどうかに注目が集まりそうです。フレキシブルな公共交通を実現するオンデマンドバスは、さまざまな交通機関をシームレスにつなぎ、よりパーソナライズされた交通サービスを提供するマルチモーダルMaaS実現のための、重要な交通手段のひとつと位置付けられます。この、さまざまな交通機関を相互に検索・ルート作成・予約まで可能にするサービスのひとつがMobilityXです。
-Founded:2018
-Funding:N/A
-Investors:Toyota Tsusho
MobilityXはシンガポールの鉄道会社SMRTが設立した子会社で、個人の起業家が始めたスタートアップではありません。“Organize urban transport and simplify mobility”をミッションとして、複数の交通手段を横断的に検索し、最適なルートを提案・チケット予約まで完結させるプラットフォームであるアプリZipsterを提供しています。これは類似のプラットフォームとしてはアジア初のものです。鉄道会社発の取り組みながら、南洋理工大学の他、ライドシェアサービスからはGrab、Gojek、不動産会社としてCapitalandなど幅広いパートナーシップを結んでいるところが面白い点で、出発地点から行き先までをどのようにつなぐと、モビリティサービスとしての価値につながるのか、さまざまな可能性が見えてきそうです。
なお、MobilityXは豊田通商とSMRTとの2件目の協業プロジェクトで、両社は2017年にミャンマーでハイヤー事業を行う合弁会社を立ち上げたことがあります。シンガポールだけでなく、東南アジア全域をカバーするMaaS事業として、MobilityXが今後どのようにサービス展開していくか目が離せません。
シンガポールのライドシェア大手Grabが、ライドシェア以外の新サービスを展開しており、とくにファイナンシャルサービスへの進出の動きが目立つようになってきました。昨年12月にはマスターカードとパートナーシップを結びアジア初のナンバーレスカードをローンチ。ナンバーレスカードとは、物理カードにカード番号を記載せず、セキュリティを高めたクレジットカードで、Appleもアメリカで同様のカードを発行しています。クレジットカード以外では、Grabは通信大手Singtelとコンソーシアムを形成し、デジタルバンキングのライセンスを取得。東南アジアのデジタルペイメント市場獲得を加速しています。同じく東南アジア発のライドシェア大手、インドネシアのGojekと、生活のあらゆる側面に関わる”app-for-everything”のポジションをどちらがいち早く取ることができるか、競争の激化が背景にあります。
Grabとはアプローチが異なりますが、ライドシェアをベースとして自動車産業全体をカバーするエコシステムを提供しようとしているサービスにTadaがあります。
-Founded:2018
-Funding:N/A
-Investors:Tribe Accelerator
Tadaを開発しているのは、韓国人CEOシンガポールのスタートアップMass Vehicle Ledger(MVL)です。MVLはブロックチェーンを基盤として、自動車の販売、整備、所有、運転と自動車のライフサイクルに関わるデータを統合したエコシステムを提供しており、Tadaはこのエコシステムの一部として、ライドシェアサービスを担っています。ユーザーはライドシェアを利用した際に運転手へのフィードバックを投稿することによって、また、ドライバーはフィードバックの結果、安全な運転をしたと判定されることによって、インセンティブをMVLが発行するトークンで受け取ることができます。MLVは仮想通貨取引所のBynanceとパートナーシップを結ぶことで、MVLトークンを仮想通貨と交換して利用できるようにしています。
Tadaは日本人創業者がタイで設立したスタートアップOmiseともパートナーシップを結んでおり、Omiseの決済プラットフォームを利用してMVLのデータ管理を行う検証を実施しています。シンガポールは変化が早く、日本ではまだサービス開始していないものですら、すでにサービスを開始・終了していたり、サービス開始から内容が変化していたりします。
今後の変化にも引き続き目が離せません。
Writer:西村菜美(NUS)
Editor:伊藤隆彦(One&Co)