シンガポールが2014年から始めた“Smart Nation Singapore”は、国家としてデジタルトランスフォーメーションを進めるためのイニシアチブです。このイニシアチブの柱として、経済、政府、社会をデジタルを活用してよりよく変えていくことが掲げられており、この変化のキーテクノロジーと位置付けられているのがAIです。シンガポールは2017年にAI Singaporeという国家プログラムを設立。5年間でSGD150Mを投資し、このプログラムでAIの活用を国家として推進、社会・経済に変化を起こすことと同時に、国内のAI人材の育成やAIエコシステムの確立などを推進しています。
また、2018年には、政府機関である情報通信メディア開発庁(IMDA)によってAI ethics councilが設立され、ガバナンス・倫理面について政府に提言を行なっています。法律面でも、個人データ保護法(PDPA)やサイバーセキュリティ法など、AI活用に必須となるデータ取得・活用を推進するための法制度が整備されつつあります。
このように、制度、技術の両面でAI開発を国家として推し進める中で、多くのスタートアップが生まれつつあります。今回はAI領域で活躍するシンガポールのスタートアップ3社を取り上げていきます。
-Founded:2012
-Funding:USD 34M
-Investors:WI Harper Group, Gobi Partners, Rakuten,
Mastercard Start Path, Enspire Capital, Sonae IM, etc.
ViSenzeはe-コマース向けのAIを用いた画像認識技術を提供しているスタートアップです。画像検索や類似商品検索など、ユーザーが検索する商品の特徴を認識し、ユーザーの検索から欲しい商品発見までのルートを短縮することに特化していることが特徴です。すでに楽天、ユニクロ、ZALORAなど、多くのe-コマースプラットフォームに採用されており、アメリカ、イギリス、インド、中国などシンガポール国外にもオフィスを設立しています。ViSenzeはシンガポール国立大学と中国の清華大学が共同設立した研究機関であるNExT発のスタートアップです。
CEOのOliver Tanは、ビジネスバックグラウンドを持ち、42歳でこのスタートアップの設立に関わった人物です。彼はキャリアの初期にアーリーステージのスタートアップに関わった後、長く大企業でのキャリアを積んだのですが、スタートアップへのパッションを持ち続け、ViSenzeにジョインします。Steve Jobsのスタンフォード大学卒業式でのスピーチを聞き、「もしあなたがまだ、心からやりたいことを見つけられていないのであれば、探し続けてください」という一節がずっと心に残っており、常に自分自身のキャリアについて考え続けていたとのことです。
-Founded:2016
-Funding:USD 14.8M
-Investors:Vertex Ventures, InnoVen Capital,
CreditEase Fintech Investment Fund, Dream Incubator, Kstart, etc.
Active.aiは金融機関向けの会話型AIプラットフォームを提供しているスタートアップです。AIと自然言語処理技術を用いて、ユーザーとシームレスな会話のやりとりを行うソリューションを、チャット、ボイス、検索などさまざまなチャネル向けに提供しています。この技術はマーケティング上のユーザーの関心を引くところから、ユーザー登録、実際のトランザクションまでのさまざまなフェーズで活用でき、VISAをはじめとする複数の金融機関で採用されています。
3名のインド人が共同創業したスタートアップですが、創業のきっかけとなったのは、CEOであるRavi Shankarが海外旅行中に財布をなくしたことだったそう。銀行に連絡を取るためインターネットに貼りついたり、電話の音声ガイダンスを延々と聞かなければならない状況に直面し、より簡単で直感的に銀行とやりとりできるサービスができないかと考えたところから生まれたサービスとのことです。今後は銀行向けだけでなく、クレジットカード、保険、ウェルスマネジメントなど幅広いソリューションを揃えていく計画です。
-Founded:2008
-Funding:USD 25.5M
-Investors:GGV Capital, Temasek Holdings,
Wavemaker Partners, Personal Investors
最後に、エンタプライズ向けのリスクマネジメントサービスを提供しているスタートアップのCashShieldを紹介します。CashShieldはAIと機械学習を用いてユーザー行動の変化のパターンを学習し、不正請求が発生する前に発生を予測して防ぐ技術を持っています。常にユーザー行動を学習し、アップデートを行うことで、人が介入せずに不正を予測することができるような技術開発を行っています。クライアントにはライドシェア&モバイルペイメントサービスをもつGrab、e-コマースのShopee、インドネシアのデジタルペイメントサービスOVOなど東南アジアを中心としたさまざまな企業がおり、シンガポール発のサイバーセキュリティソリューションとして信頼を得ています。
ファウンダーのWee Chian Lieは高校生の頃からe-コマースにのめり込み、ゲームやゲームコントローラーを販売して成功したアントレプレナーです。このe-コマースの経験から、不正取引を見つけることに関心を持ち、独学でアルゴリズムを作ったことがCashShieldの基礎となりました。NUSの教授からのメンタリングを受けたことによって、CashShieldとしてのローンチにつながったということです。
今回紹介した3社を見ても、画像、言語、取引データとさまざまな領域にAIが大きな変化を起こしていることがわかります。これまで人が確認したり、分析したりしていただけではわからなかったデータの類似点や相違点をAIを用いて分析することで、より安心・より便利なサービス提供へとつながっていくことでしょう。
一方で、自分の知らないところで、生活のあらゆる側面で常にデータを取得・分析されている怖さも残ります。倫理的な議論や法整備と技術の進歩が同時に起きている中で、今後どのような動きが起きていくのか、ユーザーとしても目が離せません。
Writer:西村菜美(NUS)
Editor:伊藤隆彦(One&Co)