シンガポールの数少ないエンターテイメントの中で、実際に参加して楽しむことができるもののひとつがスポーツです。多くのコンドミニアムにはフィットネスジムが併設されており、住民は自由に利用できるようになっていますし、地元のテニスクラブやランニングクラブなどに参加する人も多くいます。
シンガポールは国としてのスポーツ振興にも力を入れており、今後10年間のスポーツ振興ビジョンとしてVISION2030を定めています。VISION2030はスポーツを通じてシンガポール人がよりよく生きられることを目的としており、5つのフォーカスエリアが設定されています。この中には、子どもや若者の成長に貢献するスポーツのあり方や、アスリート中心の環境を作るためのスポーツシステムをどのように作るか、弱者や障害者がスポーツの価値を発見できるようなスポーツ環境作り、健康を通じたハイパフォーマンスな企業文化の推奨、そして活動的に年を取る(アクティブ・エイジング)ための環境づくり、といった内容が含まれており、あらゆる年代のさまざまなレベルのスポーツをどのように振興していくかが書かれています。
ちなみに、このビジョンの策定にあたっては500人とface to faceで議論を行った他、6万件の意見をオンラインで受け付け、うち300件のアイデアを参考にして20点のリコメンデーションにまとめたということが書かれています。日常生活にかかわる施策に国民を巻き込むプロセスをうまく共有している事例ともいえそうです。
今回は、そのような身近なスポーツをテクノロジーでアップデートしていくスポーツ関連スタートアップ3社を紹介します。
-Founded:2018
-Funding:N/A
-Investors:Quest Ventures
ELXRは遺伝子検査を利用し、ユーザーに最適なトレーニングプランを提案するサービスです。ACTN-3という、トレーニングへの反応や回復、怪我のリスクをはかることができる遺伝子を分析し、トレーニングの強度や内容をユーザーごとにカスタマイズしてトレーニングプランをおすすめします。このアプリの中でフィットネスレベルを記録したり、スポーツイベントを検索して参加できるようになっており、ユーザーがスポーツを続ける。ファウンダーのSteffan Fungはスパルタンレースのオーガナイザーで、日本でスパルタンレースを開催したときに遺伝子検査キットと出会い、このビジネスを思いついたそうです。そういった縁からか、日本ともつながりが深く、500 startupsによる神戸でのアクセラレーションプログラムへの参加実績があるほか、Plug and Play JapanのInsurTech部門で2019年に最優秀海外スタートアップ賞を受賞しています。実は、SteffanはOne&Coのポッドキャストにも出演してくれていますので、起業ストーリーが気になる方はポッドキャストもぜひ聞いてみてください。
-Founded:2012
-Funding:$160k
-Investors:Wavemaker Partners
Qlippは南洋工科大学のアクセラレーター、NTUitiveの支援を受けて始まったスタートアップで、テニスラケットに付けてテニスのパフォーマンスをはかるセンサーと、記録を管理するスマホアプリを提供するサービスです。ラケットのガットの部分にセンサーを取り付けてテニスをすると、打ち方のタイプやスピード、スイートスポットに当たっているかどうかなどを計測し記録してくれます。スマホアプリと連動して、リアルタイムで自動的に記録されるようになっており、試合ごとのパフォーマンスや、練習で上手になっているかどうかなどを可視化することができます。ファウンダーのDonny SohとCen Leeはもともとテニスのゲームを開発していて、ゲームの精度を向上させるために実際のテニスのデータを集めようとしてこのセンサーのアイデアを思いついたそうで、本人たちは全くテニスはしないということ。この逆転の発想が、ユーザーのニーズと結びついた点が、このスタートアップの面白いところです。
-Founded:2014
-オーストラリア証券取引所に上場
最後に、スポーツベッティングに特化したSNSのSportsHeroを紹介します。SportsHeroはスポーツリーグとタイアップして、試合に賭けることができるプラットフォームです。スポーツリーグはこのプラットフォームに参加することで、特に関心の高いスポーツファンのネットワークにアクセスすることができるようになります。また、ユーザーは、賭けの結果によって、ファンとしてのランキングが上がっていくほか、SportsHero Coinを手に入れることができ、Tシャツなどのグッズと交換できます。もともとサッカー向けのプラットフォームとして開発され、すでにインドネシアサッカー協会とパートナーシップを結んでいますが、クリケットなど別のスポーツにも今後対応していく予定です。2014年創業ですが、2016年にオーストラリア証券取引所に上場しています。日本では民間のスポーツベッティングは普及していませんが、海外には民間のブックメーカーがありオンライン版も多く存在します。SportsHeroは東南アジアのスポーツベッティングをリードするスタートアップといえそうです。
スポーツプレイヤーのパフォーマンス向上から、スポーツの楽しみ方まで、テクノロジーが入ることによってスポーツと人との関係性が変わると考えられます。スポーツプレイヤーは、これまでプロアスリートにしかできなかったような、パーソナライズされたトレーニングプログラムや練習を個人レベルでもできるようになり、より効果的に上達したり、怪我をしないように継続して練習することが可能になるでしょう。また、日本では禁止されている民間のスポーツベッティングも、ファンの数が多いだけに、スポーツチームとファンの新しい関係性を作る可能性を秘めているものといえます。あらゆる年代の人が、それぞれにスポーツの楽しみ方を見つけ出す背中を押してくれるようなサービスが増えていくことが期待されます。
Writer:西村菜美(NUS)
Editor:伊藤隆彦(One&Co)